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【羽生結弦の家族構成】父親は校長で母や姉と顔がそっくり!顔画像や仲良しエピも

男子フィギアスケート選手の羽生結弦さん。

2013年~2017年までの5年間、世界ランキング1位の実力を持っており、”フィギア界のプリンス”とも言われているんですよ。

そんな羽生結弦さんの父親は校長先生をやっており、母と姉はそっくりと言われています。

今回は、顔写真も含め家族事情を、詳しく紹介していきます。

羽生結弦の家族構成

羽生結弦さんの家族は4人家族です。

  • 父親・羽生秀利さん
  • 母親・羽生由美さん
  • 姉・羽生さやさん
  • 本人・羽生結弦さん

それでは、確認していきましょう。

羽生結弦の父親は校長で顔画像や名前も

 

羽生結弦 父親

羽生結弦さんの父親は”羽生秀利”さんといいます。

  • 名前:羽生秀利(ひでとし)
  • 年齢:50代
  • 出身地:宮城県仙台市

父親は2014年まで石巻市にある「石巻市立漕湊中学校」で教師をしてきました。

その後、「利府町立しらかし台中学校」で教頭先生を務め、2016年には「塩竈市立第3中学校」で校長先生に就任しました。

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校長先生は教育委員会など様々な経験をする必要があります。

現在は50代とのことですが、これまで苦労や周りの方からの支持も凄かったからこそ今の校長先生という役職になれたのでしょう。

羽生結弦と父親との仲良しエピも

羽生結弦さんは、家族と仲がいいと言われており、父親とのエピソードも沢山あります。

校長先生の父、フィギアスケート選手の羽生結弦さん。

忙しい中、二人が信頼しあえる関係は父親の存在も大きいのではないでしょうか。

  1. 羽生結弦さんの送り迎えは父親
  2. 父親が何度も言い聞かせていた言葉
  3. 羽生結弦さんが金メダルを取った時に父親が言った言葉

羽生結弦さんの送り迎えは父親

4歳の頃からフィギアスケートを始めた羽生結弦さん。

宮城県仙台市に住んでいた羽生結弦さんは震災を乗り越え、フィギアスケートを続けてきました。

朝早くから遅くまで続く練習で毎日フィギアスケート漬けだった羽生結弦さんを送り迎えしていたのは、父親だったそうです。

その当時は、教頭先生でしたが羽生結弦さんの為に体力を振り絞って全力を尽くすなんてとてもカッコイイ父親ですよね。

教頭先生でありつつも、羽生結弦さんの事は片時も忘れない大切な息子だったんですね。

父親が何度も言い聞かせていた言葉

羽生結弦さんがフィギアスケートを続けている今、大切にしている言葉は父親からのある言葉なんです。

どんなにフィギアの練習が大変だったとしても、勉強だけは続けなさい。

将来は一流の選手である前に、一流の社会人になってほしい

この言葉を父親は、羽生結弦さんに何度も言い聞かせていました。

だからこそ、今現在の羽生結弦さんがいるんだなと実感しますね。

フィギアスケートのショーが終わった後の、”笑顔” とファンに対する ”振舞い”はどんな人でも魅了される素敵な行動ですよね。

それも、父親からの「一流の社会人になってほしい」という言葉があったからこそなのかと思います。

羽生結弦さんが金メダルを取った時に父親が言った言葉

羽生結弦さんが2018年に金メダルを受賞した時に父親が言った言葉は、息子愛がとても伝わってきますよね。

私たちが、しゃしゃりでて話すことは一切無い

頑張っているのは本人、親は関係ない。

冷たいようで、しっかりと息子愛が感じられる素敵な言葉ですよね。

色々な経験を積んできたからこそ、言える言葉なのでしょう。

父親と羽生結弦さんはエピソードを見る限り、互いに尊敬しあえる関係なのかなと思います。


<h2羽生結弦は母親と顔がそっくり!名前も

羽生結弦さんの母親は、”羽生由美”さんです。

  • 名前:羽生由美(ゆみ)さん
  • 年齢:非公開
  • 出身地:宮城県仙台市

年齢の公開はされていませんが、とても若々しく可愛らしい人ですね。

世界で活躍する羽生結弦さんの為に、母親としての役目をしっかりとこなし、支え続けてきた素敵な母親なんです。

現在は、専業主婦として家族を支え続けています。

羽生結弦と母親の仲良しエピも

羽生結弦さんと母親はとても仲良しと言われています。

そんな二人のエピソードも沢山あるんです。

  1. 母親は、羽生結弦さんの海外練習へ同行
  2. 母親の教育方針が素晴らしいと噂
  3. 羽生結弦さんが、CMで母親への感謝を語る

母親は、羽生結弦さんの海外練習へ同行

羽生結弦さんが17歳の時に、カナダのトロントに拠点を移動しました。

その時、一緒についていったのが母親。

毎日大変な練習に励み、遅くまで練習に打ち込んでいる羽生結弦さんに毎日「食事」「洗濯」をしてくれていたそうです。

何も分からない生活の中、母親が付いてきてくれることはとても心強かったでしょうね。

17歳というまだ子供だったので母親の支えはとても大きく、フィギアスケートを続けるにあたって大きな感謝に繋がったのではないでしょうか。

母親の教育方針が素晴らしいと噂

母親として羽生結弦さんを育て、立派なフィギアスケート選手まで昇り詰めることができたのは母親がいたからこそです。

そんな母親の教育方針が、凄いと言われています。

  1. 子供が関心を持ったことに、可能な限り協力する。
  2. 子供の自主性を尊重する。息子の為に、母親が勉強をする。

羽生結弦さんが学生時代に、成績が悪いと母親は「恋愛も携帯も禁止」で禁止令を出されていました。

それほどに、母親は教育熱心だったようですが、父親が学校の先生だった関係もあるのかもしれません。

勉強と、フィギアスケートの両立はとても大変だったと思いますが、それがあったからこその今の活躍と思うと、母親の影響は凄いですよね。

羽生結弦さんがCMで母親への感謝を語る

羽生結弦さんがガーナのCM撮影で母親への感謝を語っていました。

CMタイトルは”母ごころ”篇です。

終始笑顔の羽生結弦さんで、母親に対する感謝がしっかり伝わってきますよね。

幼少期から今まで、フィギアスケートを支えてくれ、息子として愛してくれている母親への感謝がとても伝わってくるような内容です。

羽生結弦には姉が1人!仲良しエピも

羽生結弦さんの姉は、”羽生さや” さんです。

  • 名前:羽生さやさん
  • 年齢:1990年 羽生結弦さんより4つ上
  • 出身地:宮城県仙台市

フィギアスケートをする羽生結弦さんを応援し、支え続けてくれた大事な家族です。

現在の職業は、噂によると”スケートリンクの職員”といわれています。

実際のところは分かりませんが、可能性は大いにあり得ますね。

  1. 羽生結弦さんがフィギアスケートを始めたきっかけは姉
  2. 姉は自分を犠牲にしてまでも、弟の夢を応援

羽生結弦さんがフィギアスケートを始めたきっかけは姉

羽生結弦さんが、4歳の時にフィギアスケートを始めたのは姉の影響なんだそうです。

先に姉のさやさんがフィギアスケートの教室に通っていて、興味を持った羽生結弦さんは教室に入ることになりました。

羽生結弦さんは生まれつき持っていた喘息を治すための目的もあり、屋内スポーツで埃の舞い上がりが少ないフィギアスケートで姉と一緒に練習に励んでいました。

姉がジャンプをする姿を見て「僕もやる」と好奇心旺盛に練習をしていたそうです。

姉が最初にフィギアスケートをやっていなければ今の羽生結弦さんはいないかもしれないので、姉の影響は大きかったのでしょうね。

姉は自分を犠牲にしてまでも、羽生結弦さんの夢を応援

フィギアスケートをするにあたって相当なお金が掛かってくるんですが、そんな羽生結弦さんの家庭は経済的な面で苦しかったそうです。

羽生結弦さんは家族を気遣い、小学生の頃に「僕がフィギアスケートを辞める」といいました。

姉は「結弦が辞めるなら、私が辞める」と強く主張し、羽生結弦さんにフィギアスケートの道を譲ることになりました。

結果的に、姉は高校生までフィギアスケートをつづけましたが、羽生結弦さんの才能を見て、弟にすべてを託すという意味で辞めることにしたそうです。

まだ幼い羽生結弦さんの才能を見極め、姉なりに優しさを出した結果なんでしょうね。

まとめ

今回は、羽生結弦さんの家族についてご紹介しました。

フィギアスケートで活躍している、世界で有名の羽生結弦さんは家族からも愛される素敵な人ということが分かりました。

これからも活躍を祈り応援していきたいと思います。