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【堀米雄斗】父親の職業はタクシー運転手&洗車バイト!スケートボードで大会出場の過去も

東京2020オリンピックのスケートボード・ストリートで見事金メダルを獲得した堀米雄斗さん。

堀米雄斗さんの父親もスケートボードをご経験されていて、過去に大会に出場し成績も残されているんだとか。

そんな堀米雄斗さんの父親の職業はタクシー運転手で、洗車のアルバイトもされていたんだとか。

今回の記事では堀米雄斗さんの父親についてエピソード交えながら紹介していきます。

【堀米雄斗】父親の名前&顔画像はこちら

堀米雄斗さんの父親の名前は堀米亮太さんといいます。

1974年10月11日生まれで、とにかくお話するのが大好き。

特に都市伝説系が得意とのことです。

タクシー運転手をされているとのことですので、偶然乗り合わせたら色々と堀米雄斗さんの話をしてくれるかもしれませんね。

堀米雄斗の父親はタクシー運転手だった

堀米雄斗 父 職業

タクシー運転手をしながら全てを教え、不景気では仕事後に車を洗うアルバイトで手をあかぎれ

そんな堀米雄斗さんの父親の職業はタクシー運転手だったようですね。

堀米雄斗 父 タクシー

こちらはアメリカのNYタイムズの記者のつぶやきですが、タクシー運転手をしていると記載されています。

元スケートボーダーとしても活動していた

堀米雄斗さんの父・堀米亮太さんは中学1年生の時にスケートボードに出会います。

スケートボードを始めたきっかけは以下の二つです。

  • 友達がスケートボードをやっていたこと
  • ムラサキスポーツで流れていたフリースタイルの映像をみて影響を受けたこと

運動神経には自信があったものの、うまく滑れずジャンプランプにトライするも何回も地面に叩きつけられたそう。

この時はちょうど第二次スケートボードブームで、本格的にやっている子達の影響を受けて上達していったのだとか。

週末には『水元公園に遠征し、上手い人達に混ざってスケートボードを楽しんでいたとのことです。

スケートボードを一度辞めてしまう

スケートボードに熱中していた堀米亮太さんですが、

  • スケートボードをする仲間たちが一気に減ってしまった
  • 高校受験で忙しかった

という理由でスケートボードをやらなくなってしまいます。

高校進学後はしばらくはヤンチャして過ごす日々が楽しかったそうです。

高校2年生で再び始める

しかし、高校2年生になって再びスケートボードにハマることになります。

そのきっかけは小西さんという船橋ランドラージ出身のスケーターと出会ったことです。

小西さんと仲良くなったことで当時HASCOのサポートライダーであった日沖哲也さんとも知り合いになり、異次元のスケート技術とスケートボードに対する情熱を目の当たりにします。

当時の堀米亮太さんの滑り方は力任せで無茶苦茶な滑りだったようですが、日沖哲也さんからのアドバイスを受けながら考えながら滑れるようになったそうです。

堀米雄斗の父親はスケートボードで大会出場の過去も

それでは堀米亮太さんのスケートボードの実力は如何ほどなのでしょうか。

一応当時100人前後がエントリーしてた大会で最高5位くらいに入賞したこともあったよ。
出典:インタースタイル

https://www.interstyle.jp/news/column_detail.php?id=134

上位入賞ということで実力者であるこは間違いなさそうです。

その昔珍しくマップスでやったAJSAの大会に出たことがあったんだけどね、
練習だとバンクtoバンクでスイッチトレもスイッチヒールも100%メイクしてさ、
優勝候補なんじゃねーか?なんて周りに言われてたんだけど、、、

出典:インタースタイル

大会で優勝候補と目されることもあったようです。

コンテストにはあまり出なかった

ただ、堀米亮太さんは若い頃コンテストに出ることにそれほど前向きではなかったようです。

まぁ、コンテストの結果が全て!って感じなるのはあんまり良いことじゃないと思うんだよね。
第一、そんなスケボーしたって面白くないでしょ。

出典:インタースタイル

https://www.interstyle.jp/news/column_detail.php?id=134

スケートボードで成功するにはコンテストに出るのではなくて映像を残すべきとの持論も語っております。

一方でコンテストで刺激を受けている息子・堀米雄斗さんを見ていると、もう少し出ておけば良かったともこぼしています。

堀米亮太さんはスケートボードを心から楽しんでいたのが分かりますね。

堀米雄斗の父親の仕事は運転手&洗車のバイトだった

現在は趣味程度にスケートボードをする堀米亮太さんですが、タクシー運転手の他に仲間の車の洗車のバイトもしていたんだとか。

また、3人の息子の学費を稼ぐために必死だったとコメントされています。

冬場はあかぎれがひどくて、よく「いてえ、いてえ」ってこぼしてた。

だけど雄斗の話になると途端に顔をほころばせてね。「あいつは9歳でマックツイストを決めたんだよ。最年少じゃないかな」なんて


堀米雄斗のスケートボードのコーチは父親!

堀米雄斗さんは父・堀米亮太さんのもと7歳からスケートボードを始めます。

スケートボードを始めさせた理由について、

直感かな?
こいつはロクなヤツにならなそうだから何かやらせた方が良いなって思ってね。(笑)
まぁ、何でも良かったんだよね、例えば空手とかサッカーとかでも。
だけどさ、自分もスケーターだからさ、だったら自分がスケートボードを教えれば良いかなって思ってね。

出典:インタースタイル

https://www.interstyle.jp/news/column_detail.php?id=134

と語っております。

最初は自分がスケートボードをする口実にということだったそうですが、教えていく中で子供はどんな人よりも才能があるということに気づき、教える事育てる事が面白くなってきたんだそう。

毎度毎度基本を厳しく指導

堀米亮太さん自身のご経験を活かし以下の3点について毎度厳しく指導したそうです。

  1. 変にかっこつける滑りはするなよ
  2. きっちり行くところは行かないといけない
  3. 怖かったら無理していく必要ない

技術的なことは二の次でまずはちゃんと板を乗りこなすことを教えてきたんだそう。

基礎となる練習をメインに行い、体幹を鍛えるためバーチカル(ハーフパイプのような施設)でばかりしていました。

その頃見ていた周りの人たちからは、何が何でもユウトをプロにする!っていう感じの熱血親父に思われてたかもね。
オレ自身はスケートボードをやめたかったらやめればいいって思ってたんだよね。

出典:インタースタイル

https://www.interstyle.jp/news/column_detail.php?id=134

堀米亮太さんはスケートボードをやることによって、いろいろな可能性、幅が広がるんだということを知ってほしかったそうです。

オレから何か言われて泣いたり、何かが出来なくて泣いたりすることもあるんだけど、泣く場面じゃなかったら、そこは泣くとこじゃねーだろって言ってたかな(笑)

出典:インタースタイル

https://www.interstyle.jp/news/column_detail.php?id=134

また、スケートボードを通して精神的な成長も期待していたのかもしれません。

息子・堀米雄斗さんからの評価

結果的に息子・堀米雄斗さんは東京2021オリンピック日本代表として金メダルを獲得されました。

そんな堀米雄斗さんはスケートボードが上達した理由を聞かれた際は『父の教え方が良かったと語っています。

「お父さんの教え方ですかね。僕はいまコンテストではストリートという種目を主にやっているんですけど、本格的に始めたころから6年くらいは、バーチカル(スノーボードのハーフパイプのような半円形上のもの)で練習していたんですよ。バーチカルで体の使い方とかバランス感覚、基礎になる部分を学んでからストリートに、っていう他のスケーターと違う入り方をしたので、それが良かったんだと思います」

父・堀米亮太さんの教えが正しかったことの何よりの証明ではないでしょうか。

堀米雄斗の父親は息子の金メダル報告を荒川サイクリングで受けた

堀米雄斗 父 タクシー

そんな堀米亮太さんは息子・堀米雄斗さんの金メダルの報告を荒川サイクリングで受けたそう。

「実は、息子の試合をジーっと見るのって苦手なんですよ。予選は見ましたが、あまり調子が良くありませんでしたから……」

出典:ヤフーニュースhttps://news.yahoo.co.jp/articles/e89cfec2aa14229cbfab14f2bb1408804c2ba99e

いてもたってもいられず自転車でサイクリングに出かけたのだとか。

自分の息子であり、そして育てたスケーターが東京オリンピックの大舞台でに立っているのだから内心はハラハラですよね。

まとめ

以上堀米雄斗さんの父・堀米亮太さんについて紹介いたしました。

スケートボードに対して非常に熱い思いがある方で、その熱意は息子・堀米雄斗さにんにも伝わっているようです。

お話好きでもありますし、日本スケートボード界や息子・堀米雄斗さんのおもしろい話も今後聞けるかもしれませんね。