フィギュアの羽生結弦さん。
そんな羽生結弦さんですが、インタビューで母親に対してありがとうをコメントしたりと、仲良しで有名です。
今回はそんな羽生結弦さんとお母さんの仲良しエピソードを顔画像などを交えながら紹介していきます。
Contents
- 1 【顔画像】羽生結弦の母親の名前も
- 2 羽生結弦と母親のべったり仲良しエピソード18選
- 2.1 羽生結弦の名前をつけたのは母親?
- 2.2 メダルを1番先にかけたのは母親
- 2.3 自分の身体の一部
- 2.4 スマホはアウト
- 2.5 運動神経の良さは母親譲り
- 2.6 英語がペラペラな理由とは?
- 2.7 母親には何でも話してしまう
- 2.8 親子は一つの細胞から出来ている
- 2.9 母親は安心できる場所を作ってくれる
- 2.10 僕が生まれた日は母が1番苦労した日
- 2.11 物心ついたときからバレンタインのチョコをもらっていた
- 2.12 髪の毛を切っていたのは母親
- 2.13 恋愛禁止令
- 2.14 衣装は母親の手作りだった
- 2.15 母親も海外練習へ同行
- 2.16 母親の教育方針が素晴らしいと噂
- 2.17 羽生結弦さんがCMで母親への感謝を語る
- 2.18 唐揚げは母親の手作り以外食べれない
- 3 羽生結弦の家族構成
- 4 まとめ
【顔画像】羽生結弦の母親の名前も

こちらは羽生結弦さんのお母さんの顔画像となります。
プロフィールに関してはこちらです。
- 名前:羽生由美(ゆみ)さん
- 年齢:非公開
- 出身地:宮城県仙台市
年齢に関しては非公開になっていますが、羽生結弦さんのお父さんは2022年現在で50代とのことです。
見た目は若いですし、どこか羽生結弦さんに似た雰囲気をされている方ですね。
ちなみに専業主婦をされているようで、家庭を支えているんだとか。
羽生結弦と母親のべったり仲良しエピソード18選

ここからは羽生結弦さんと母親のべったり仲良しエピソードを確認していきましょう。
- 羽生結弦の名前をつけたのは母親?
- メダルを1番最初にかけたのは母親
- 自分の身体の一部
- スマホはアウト
- 運動神経の良さは母親譲り
- 英語がペラペラな理由とは?
- 母親にはなんでも話してしまう
- 母親は安心できる環境を作ってくれる
- 親子は一つの細胞から出来ている
- 僕が生まれた日は母が1番苦労した日
- バレンタインのチョコレート
- 髪の毛を切っていたのは母親
- 恋愛禁止令
- 衣装は母親の手作りだった
- 母親も海外練習へ同行
- 母親の教育方針が凄い
- CMで母親への感謝を語る
- 唐揚げは母親の手作り以外食べれない
それぞれ確認をしていきましょう。
羽生結弦の名前をつけたのは母親?
羽生結弦さんの名前の由来は2つあるようです。
- 12月7日生まれで、射手座だから母親が名付けた(母親命名説)
- 弓の弦を結ぶように凛とした生き方をしてほしい(父親命名説)
ちなみに①に関しては2011年の神戸新聞が報じている内容です。

そのため、母親が名付けたと言われていますが、一方で父親が名付けたと報じているサイトも。
父親が名付けたに関しては女性自身が報じており、ファンの中では真相が明らかになっていまいことのようです。
メダルを1番先にかけたのは母親
試合後は忙しくてなかなか時間がありませんでしたが、最初にメダルをかけたのは母でした。母は、そばにいてくれるだけで十分な存在です
こちらは2018年の平昌オリンピックで金メダルを獲得。
そしてP&Gグループのインタビューで母親に対して語ったときのコメントの一部です。
今まで支えてくれていたからこそ、1番最初にメダルをかけたという話は感動的ですよね。
自分の身体の一部
こちらは2015年に献血のイベントに参加されたときの羽生結弦さんのコメントです。
自分の身体の一部
母親からこうコメントをもらった羽生結弦さん。
この言葉を聞いたときは、ジーンと心に刺さったそうです。
スマホはアウト
本人は欲しいそうなんですが、お母さんが“スケートに集中しなさい”と言って持たせてくれなかったとか。なので、メールのやりとりはiPod touchなどのインターネット端末でしていました
こちらは週刊女性の報道です。
なんでも羽生結弦さんはスマホを持っていないようで、それは母親から言われたからなんだとか。
運動神経の良さは母親譲り
ゆづの運動神経と、あの体型は奥さん譲りでしょう。うちの家系は野球好きですが、運動が得意な家系ではないし、手足も長くないですから(笑)
こちらは週刊現代で羽生結弦さんの父方の親戚が明かした内容です。
羽生結弦さんはすらっとした体型で手足も長く、競技中は美しさがありますが、それは母親譲りなんだとか。
英語がペラペラな理由とは?
羽生結弦さんは英語ペラペラですが、これも母親のおかげなんだとか。
スケートだけを学ぶんじゃなく、ここで生活をしていくというつもりで頑張りなさい
カナダへ拠点を移した時に、英語が苦手だった羽生結弦さん。
そんな様子から母親が英語を話せるようにするために、アドバイスをしたのがこちらのコメントだったようです。
母親には何でも話してしまう

こちらは羽生結弦さんがマイレピで語った内容です。
母とは本当に何でもよく話をします。僕がなんでも言っちゃうタイプなので、自分の頭の中で考えたことをぶわーっと母に話しちゃいますね。(笑)
そのため、時には意見がぶつかることも度々あるんだとか。
ただ、一緒に喜びや楽しみを分け合えることが幸せともコメントしており、母親へ感謝の言葉を語っています。
親子は一つの細胞から出来ている
僕がそっとしておいて欲しいと思っているときには、言葉にしなくてもわかってくれるんですよね。もともと親子ってひとつの細胞からできているわけじゃないですか。親子だからこそわかる言葉にしなくても伝わる絆や愛情ってあると思います。
こちらもマイレピで語った内容となります。
親子だからこそ、言葉を交わさなくてもわかることがある。
これはファンの中でも人気なエピソードの1つとなっています。
母親は安心できる場所を作ってくれる
こちらは羽生結弦さんがマイレピで語った内容です。
母は、僕の考えを尊重してくれて、進む道をちゃんと未来まで見越した上で守ってくれています。例えば、「僕自身が、スケートを好きで始めた。」という気持ちを絶対に消さないでいてくれます。
このように羽生結弦さんが決めた道があれば、最大限のサポートをしてくれるんだとか。
平昌2018冬季オリンピック前に大きなケガをしたときも、ずっと母が側にいて、安心できる場所を作ってくれました。僕は母親の自分を犠牲にしてでも、息子を守りたいという愛情をひしひしと感じながら生きています。
このように感謝の気持ちを述べており、オリンピックでメダル獲得できたのもお母さんの存在があったからこそといっても過言ではないでしょう。
僕が生まれた日は母が1番苦労した日

こちらは19歳の誕生日に語ったコメントです。
「(7日で19歳)僕が生まれた日に一番苦労したのは母。両親に対する感謝を忘れずにいたい。小さい頃から「19歳で五輪に出る」と言ってきたので、19歳になったからこそ五輪をしっかり視野に入れたい
このようにいつも母親に対して感謝の気持ちを忘れずに過ごしている羽生結弦さんの心の綺麗さが見え隠れするエピソードですね。
物心ついたときからバレンタインのチョコをもらっていた
こちらは2016年のバレンタインでのコメントです。
母と姉から物心ついたときからチョコレートを頂いていました。
いつも美味しいチョコレートをもらったと感謝を述べています。
髪の毛を切っていたのは母親

小さい頃に羽生結弦さんの髪の毛をカットしていたのは母親だったそうです。
実際に練習の時間が多かったので、カットする時間もなかったのかもしれませんね。
恋愛禁止令
こちらは2015年に報じられた内容です。
なんでも羽生結弦さんはお母さんやコーチから恋愛禁止令をうけていたんだとか。
実際に交際していたかどうかはさておき、ユヅは若いので恋の噂が立つだけで振り回されてしまう。そこでお母さんやコーチが“恋愛は絶対にダメ”と口を酸っぱくして言い聞かせました。
実際に羽生結弦さんは女性とご飯くらい食べたいと感じていたようですが、我慢して練習に励んでいたようです。
ユヅとしては“たまには女の子の友達とご飯くらい食べるよ”と不満もあったようですが、前回の成績も含めあらぬ陰口を叩かれたくないので、これまで異常にスケートに打ち込んでいます
衣装は母親の手作りだった
こちらは2012年にワンダフル東北 東北未来人で羽生結弦さんが語った内容の一部です。
やっぱりお母さんとか夜中までずっと衣装にダイヤストーンをつけたりで夜更かししたりしてるんで、大変だなあと思いますね
そうですね、母親の愛情というかそういうものを感じながら滑れると思うので、違うと思います
ちなみに2010-2011シーズンまでは羽生結弦さんの母親が衣装を作っていたとコメントされています。
母親も海外練習へ同行

羽生結弦さんが17歳の時に、カナダのトロントに拠点を移動しました。
その時、一緒についていったのが母親でした。
洗濯や食事など生活を支えてくれて、フィギュア一本に集中できる環境を整えてくれているようです。
例年のシーズン中は、羽生選手とお母さんがカナダにいるので、家族でいられる時間は少ないようですが、2人が日本に帰ってくると、普通の家族のように一緒にテレビを見たりして過ごしていると聞いています
実際に女性自身でもカナダに一緒に住んでいることを報じていますが、母親あっての羽生結弦さんなのでしょう。
母親の教育方針が素晴らしいと噂
母親として羽生結弦さんを育て、立派なフィギアスケート選手まで昇り詰めることができたのは母親がいたからこそです。
そんな母親の教育方針が、凄いと言われています。
- 子供が関心を持ったことに、可能な限り協力する。
- 子供の自主性を尊重する。息子の為に、母親が勉強をする。
羽生結弦さんが学生時代に、成績が悪いと母親は「恋愛も携帯も禁止」で禁止令を出されていました。
それほどに、母親は教育熱心だったようですが、父親が学校の先生だった関係もあるのかもしれません。
勉強と、フィギアスケートの両立はとても大変だったと思いますが、それがあったからこその今の活躍と思うと、母親の影響は凄いですよね。
羽生結弦さんがCMで母親への感謝を語る
羽生結弦さんがガーナのCM撮影で母親への感謝を語っていました。
CMタイトルは”母ごころ”篇です。
終始笑顔の羽生結弦さんで、母親に対する感謝がしっかり伝わってきますよね。
幼少期から今まで、フィギアスケートを支えてくれ、息子として愛してくれている母親への感謝がとても伝わってくるような内容です。
唐揚げは母親の手作り以外食べれない
揚げ物と聞いてコレしか浮かばなかった pic.twitter.com/jV8vRViZ7o
— しま (@msmf40239) May 6, 2017
羽生結弦さんは好きな食べ物として唐揚げをあげています。
ただ、母親の手作り以外の唐揚げは食べれないとコメントされていたようです。
ちなみにこちらの動画で唐揚げを食べている姿が映し出されています。
羽生結弦の家族構成
羽生結弦さんの家族は4人家族です。
- 父親・羽生秀利さん
- 母親・羽生由美さん
- 姉・羽生さやさん
- 本人・羽生結弦さん
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まとめ
今回の記事では羽生結弦さんと母親の仲良しエピソードを紹介していきました。
また他の記事でも羽生結弦さんの父親や家族構成について詳しく紹介しているので、ぜひご覧ください。